体験談#2:ディエタ体験記 植物療法とシャーマニズムの基礎訓練 (4/4)

全4回に亘ってお届けしてきた梶 智就さんによるディエタ・植物療法体験記。最終回にあたる本ブログでは、3週間の体験を通しての学びとディエタ後の留意点について纏められています。なぜ「アヤワスカ」のみを体験することが危険なのか?
外国人が短期間でシャーマニズムを学ぶ価値やその後に訪れる危険性とは何か?… 元来「スピリチュアル」なことに微塵も関心を持たない性格だったという
梶さん。その梶さんが「食事も変わった、生活も変わった、心も変わった」と認識するに至った過程には、どのような学びがあったのでしょうか?

体験記 第3話:ディエタ体験記 植物療法とシャーマニズムの基礎訓練(3/4)

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🌱体験者のプロフィール🌱

梶 智就:(アルバータ大学生物科学研究科・博士研究員)

研究の過程で偶然シピボ族のシャーマニズムに出会い、以来関心を持って調べ続けている。

個人ウェブサイト:https://sites.google.com/site/tomonarikaji/

 


アヤワスカ儀式とシャーマニズムの意味:家族が集い癒やし合うこと


ディエタ中の儀式の頻度は指導者の方針や修行者の段階によって千差万別と聞く。

私の場合、週に1回だった。比較的高頻度かと思うが、それは初めての修行であることと、3週間という短期の修行であることから、呪術医側で治療状況の把握を高密度に行う必要があったのではないかと思う。

 

混乱した情報が多く流されているところではあるが、シピボ族のシャーマニズム、あるいはヒーリングにとって、アヤワスカ儀式がその全てではない。アヤワスカは非常に重要な存在ではあるが、あくまで数ある薬用植物の1つである。

植物療法というものは各患者に見合った方法で、西洋医学のそれのように段階をおった投薬や生活指導を通じてなされるものであり、アヤワスカ儀式に出ていれば全て治るといったものではない。

 

現に伝統的なシャーマニズムでは、アヤワスカを飲むのは基本的には呪術師側だけだったらしい。治療にとって重要なのはアヤワスカではなく、ディエタとイカロである。

しかしアヤワスカの万能性を過大評価した外国人が多く訪れる状況の中、経験の浅いシャーマンがそれに応じたビジネスを展開しているという現状がある。

青年マルコスの語るところによれば、アヤワスカだけを使った治療をやっても治らないどころか悪化した事例もたくさんあるとのことである。精神面ばかり開いて体の問題を疎かにした結果として精神病院に入院することとなったり、自我が肥大し社会生活に支障をきたしたりなど、悪い事例には事欠かないらしい。

 

私は前述のとおり甲状腺を病んでいたため、最初の二回についてはアヤワスカを飲まず儀式に参加した。

ミカエラを筆頭に、植物療法家のドン・マルコス、青年マルコス、彼の妹、そして母親であるアディまでも、参加してくれた。家族で開いた儀式に私を受け入れ、一緒に癒やそうとしてくれてるようだった。

 

ずっと、西洋人向けのセレモニーではなく本当のネイティブの儀式に参加したいと夢見てきて、それがついにかなった。

「ここに集まった皆はあなたのためにここにいる、そして同時に、あなたも私達のためにここにいる、我々はお互いにポジティブな心をシェアし合い、お互いに学び合い、共に成長していくのだ」。青年マルコスは皆を代表してそう言った。儀式中、アヤワスカを飲まない私はマリエーションを感じることはない。

 

しかし目の前で歌ってくれている人々、特に真正面で歌うミカエラの存在感には圧倒された。普段の「村のお婆さん」といった姿形が消え、明らかにこの世のものではない得体のしれないイキモノに変容している。

そんなことを、暗闇で視界はゼロであるにもかかわらず、体で感じる。歌の振動が体の各部を揺さぶってくる。この人は人間ではない、私などが目にして良い存在ではない。心底畏怖しつつも、そんな存在に対面で治療していただける機会がおとずれた奇跡に感謝した。

 

三回目の儀式よりアヤワスカを飲み、儀式の全容がよりクリアに見えてきた。

一人ひとりのイカロが全く異なった役割を負っている。植物療法家のイカロはアマゾン川が育む生命たちのビジョンを呼び起こし、大変に強い浄化力により嘔吐や発汗、落涙を促す。

反面ミカエラのイカロは光り輝く寺院のようなビジョンを呼び起こし、言葉の一つ一つが神性な存在との繋がりを築き、一般的には情動や精神と呼ばれるものの領域を整流していく。

そして青年マルコスのイカロは場の空気を調整し治療に適切なものとなるよう導いてくれる。儀式における明確な役割を持たないと思われていた一般の家族構成員ですら、教養としてディエタを行っているため、イカロを歌う。

 

修行中の私も、日本の植物から教わった歌を歌い、またその場に現れたクヌ−に体と心を重ねながら頑張ってシピボ語で歌ってみる(難しい!)。皆優しくて、「ハクン!(シピボ語で良いの意)」と喜んでくれる。

ここには誰一人として観客はいない。参加者全員が、互いのためを想ってイカロを歌い、心を開き、場を作り、癒やし合う。この実践は日本で医療と呼ばれるもとは全く異なる。

原始の、人間に本来そなわった、土地や自然、地域社会にしっかりと根付いた、癒しの力。昼間接する彼らはいつも穏やかに笑っている印象がある。その笑顔の理由が、儀式を通じて垣間見えてくる。

 

誤解されがちなアヤワスカ儀式の正体、それは高次元にぶっ飛ぶものでも、悟りを開いて高い存在になるためのものでも、幻覚を見るためのものですらない。人間を家族に対し、社会に対し、祖先に対し、自然に対し再統合し、美しく機能させるための技術における1要素にすぎない。(写真下:シピボ族の画家が描いたシャーマニックヒーリングの世界。呪術医を中心に、家族が集い、植物の力を受け、協力しあって患者を癒やす)

ディエタ最終日の儀式前、ミカエラは「(イカロで)王冠とか服を着せてあげるからね」と言った。私はそういったビジョンを期待した。しかしそれはそのままの形ではもたらされなかった。彼女の歌は壮大なクヌーを描き出した。光り輝く城壁のような、複雑な立体構造をその内に含む、極彩色のクヌ−。

これまでに見たどのクヌーよりも神々しく、そして眩く、色鮮やかだった。そのビジョンは、強さ(クシ)、プロテクション(パノ)、そして真っ直ぐさ(ポントゥ)は全て一つのものであると、意識に対し直達的に告げてきた。そして同時に、それは世界そのものとなった。世界そのものが、それそのものが、強さであり、プロテクションそのものとなった。

私達が強さ、私達がプロテクション、それそのもの。儀式中のことだけを述べているのではない。こうやってレポートを書いている今この瞬間すらも、この歌の中に、つまり強さとプロテクションとしての世界が、ただ現前している。イカロは文字通り、世界を創る。始まりも終わりも無い、今のこの瞬間が、呪術師の歌によって縁取られるのである。

 

アヤワスカの反応に体が追いつかず、心拍の異常な亢進と強烈な顔のほてりが現れたため、病因を突き止めるチャンスと思いミカエラを呼んだ。横たわった私の腹部をマッサージしながら彼女は歌う。

・・・ラロ ラロ パリバ ラロ ラロ パリバ ハウン ムツァ ヌトゥボ・・・

まるで私に笑いかけるようにそう歌った瞬間、私の顔に笑顔があふれた!と同時に目の前の世界が楽しさの中に光り輝く!どうしたことか?驚き戸惑う。

呪術師に笑いかけられた、私も笑った、世界が笑った、すべて同じことだった。

母親に笑いかけられた赤子が笑うときの純粋さ。ただ笑いかけられ、笑うこと。ミカエラは後日それを共感性と言った。初めての体験だった。心の奥底に隠れていた楽しさや共感性がイカロによって引きずり出された、と表現すると嘘になる。

目の前の人が笑い、私が笑い、世界が笑う、そこにはいかなる断絶も、きっかけも、原因も、存在しない。合わせ鏡のように、どこにも始原など無く、ただ、そこに、笑顔が、楽しさがある。

 

楽しさは、外からもたらされるものでもなく、自分の内側から沸き上がるものでもなく、自分は/世界は、それソノモノが楽しさなのだ。純粋な感情は世界そのものと区別がつかない。王冠や服のビジョンは必要なかった。全ては常に既に与えられていたのだし、今ココもまた、楽しさと喜びに縁取られ、ただそのように在る、それだけのことだったのだ。(下図:ミカエラのイカロ。正確な描画ではなく、雰囲気を思い出しながら描いたもの。強さ、プロテクション、真っ直ぐさ、そして楽しさは全て同じものであると告げていた。)

 


シャーマニック・ヒーリングのもたらしたもの


修行を終えるにあたり、ミカエラは注意を促した。

あなたのカノ(=植物の世界との繋がり)は今大きく開いているから、閉じるまで時間がかかるだろう。それまで食事に気をつけるように。酒やドラッグはもちろんのこと、豚肉、唐辛子、味の濃い食事や冷たい水なども摂取しないように。

もし摂取するとどうなるか?青年マルコスはその帰結を「ダイエタリークラッシュ」と表現する。二つの相反する食事規範が衝突し体がダメージを受けるイメージである。

シピボ族の言うダイエット(食事)は、日本語で「食事」と書いた際にイメージされるものとはずいぶん異なった印象を受ける。食事は、単に何を食べるかではない。

食べものとの関わり方が植物の世界との繋がりそのものであり、同時にそれは体や心をひっくるめたその人の生きる世界の形でもある。なので食べるものを急激に変えることは、二つの異なった世界の形を無理やり跨ぐことに繋がり、心や体のバランスに支障をきたす結果を招く。

 

私は当初、カノが閉じるのは1−2週間と聞いていたため正直油断しており、1週間経過したあたりでチョコレートマフィンなど食べてしまった。その結果は明らかで、余計なものを食べた日を起点として、完治していた女性化乳房と顔のほてりがみるみるうちに再発してしまった。その際の住環境が大変苦しいものであり、またカナダ僻地のため病院にかかることも叶わず、かなりの苦闘を強いられた。食事制限を出来る範囲で行い、ピヨンコロラドに祈り、毎晩夢の観察と記録を繰り返し、マパチョ及びイカロを用いた浄化儀礼を連日行うことで、シタナを祓うことに重点を置いて生活した。

 

ある日の夢、オリビアとミカエラが私の故郷の街に現れた。イカロを歌いかけられ、私も歌い返すと、ケラケラと笑っていた。その日をターニングポイントとして、病気が快方へ向かい、みるみるうちに全快してしまいあっけにとられた。完治まで実に2ヶ月を要した。貴重な体験ではあったが、不注意が招いた失敗である。経験しないに越したことはない。マスタープラントが性質の穏やかなピヨンコロラドであったからこの程度で済んだのであって、気難しい植物であればもっと酷いことになったであろうことは想像に難くない。

 

ディエタ修行から5ヶ月たった今現在、多少食事を崩しても病気が再発することはない。しかし何を食べても良いわけではなく、塩や砂糖など調味料を使った味の濃い料理を食べると気分が悪くなるし、下痢になる。酒や豚肉、唐辛子に至ってはおそらく一生、特殊な状況を除けば摂取することはないだろう。

 

食事規範に限らず、シャーマニックなヒーリングは身心を恒常的に変化させる。その変化は必ずしも本人が好ましいと思える形で訪れるとは限らない。

2年前初めて原住民のアヤワスカを飲んだ後のことを思い返してみれば、その変化は決して穏やかなものではなかった。

持病が急激に悪化したため一時休職し緊急帰国、入院し手術まで受ける羽目になった。身体面の問題のみならず心理面においても、これまで気づきもしなかった世界の現れと対面する大変な驚きと不安の中、平静を保って暮らすことで精一杯であった。世界没落の恐ろしさであった。

 

それまで自己と他者だと思っていた明瞭な区分が大きく揺らぎ、想像と現実だと思っていたものの区分が崩れ、生と死だと思っていたものがひっくり返り、永遠の今を生き続けるしかないという現実を突き付けられ、狼狽えた。

時には呼吸にすがることでしか世界に存在できないほどの恐怖に苛まれることもあった

そういった恐怖を一つ一つ受け入れるたびに神秘体験が訪れ圧倒的な救いを自覚し、また新たな課題が訪れ、といった繰り返しの日々。心身共に挑戦を突き付けられる過程が、それらを克服できるまで、課題毎に数ヶ月〜年単位で継続された。

 

こういった挑戦の訪れを歓迎する人は少ないだろう。しかし私の場合、それらの挑戦に一つ一つ真正面から対峙し取っ組み合うことは、その時その段階において必要な過程であった。それらはすべて、心と体、そして自分の生きる現在を統合すべく訪れた「学び」であった。全ての探求に決着がついた今、大きな安心につつまれてそれを思う。

 

挑戦と克服の過程を支えたのは、イキトスの呪術医、リカード・アマリンゴ氏から聞いた言葉であった。「儀式に臨むにあたっては、愛と謙虚さを強く意識し、自分の意志を強く持ち、自分の力でアヤワスカと対話しなさい」

私にとってこの言葉は単なる儀式参加の注意事項の範疇を超え、日常に帰った後に訪れる挑戦においてこそ意味をなした。

 

アヤワスカ・ヒーリングにおける大きな誤解のひとつは、アヤワスカを飲むことで全てが解決するかのように語られることにある。実際のところ、アヤワスカ自身が主体的に行う治療はそう多くない。アヤワスカは解決するのではなく、むしろ「解決しなければいけない状況」に本人を追い込むものだと私は思う。

そういった追い込まれの苦難の中で、混乱に陥った私を最後に導いてくれたのが、愛と謙虚さであった。単に儀式を受けるだけでも上記のような苦闘を強いられることもあるが、ディエタ修行を体験する場合さらなる深刻な帰結を体験者にもたらすと私は思う。

 

Native Soonさんの師匠であるアルマンド氏はディエタを「ある旋律を奏でる機械を体の中に入れること」と説明すると聞く。しかし初学者の私の感じた印象を率直に述べるなら、「ディエタとは体を植物に明け渡すこと」とでも言えるほど深刻なものに思えた。自分の体を植物の家として提供する実践とでも言えようか。

つまり修行が終わって年月が過ぎて、カノが閉じたと思っても、植物はずっと体の中に住んでいるのである。植物が住んでいる以上、食べるものや生活スタイルを正し体をケアすることは体験者の義務となる。

ケアを怠り、体が植物の家として適切ではなくなれば、植物は去ってしまうと聞く。植物を宿すことにより癒やされた身心を放棄するということは、おそらく穏やかではない帰結を引き起こすのではないかと私は想像する。触らぬ神に祟り無しとはよくいったものである。

 

ディエタの帰結は自分自身のヒーリングに終始せず、他者に影響をあたえるものにすらなり得る。

今現在私の体に住むマスタープランツは、私の意図しないところで周囲の環境や人々に影響を与え続けているらしい。

関わる人々がまるで植物と直接会話しているかのごとく私の状況を読み適切な情報を与え導いてくれる。

植物が目の前の人を直接癒やす瞬間を目の当たりにし(私は何もしていないにもかかわらず)、私に宿る何者かの存在についてはっきりと指摘されたことも二度あった(私は何も言っていないにもかかわらず)。

 

植物からの直接的接触も定期的にある。夢の中や夜明け頃の夢現、クヌ−を眼前に見せつけられ、具体的な導き/行動指示を受ける。詳細な予知夢を受け、それが当日のうちに目の前に現れる時の驚きは言語に絶する。

現在著者は沖縄に滞在しており、ユタの方などと相談しながら夢で導かれた通りに拝所をまわり、土着の文化を学んでいる。流れるように導かれ、いろいろな所に行かされ、体験をさせられる。私本人の意志如何に関わらず、抗いようもない。その過程はまるで人ごとのようで、次は何が起こるだろうかと日々ワクワクしながら暮らしている。

 

ひとつ気がかりなのは、植物のやることのほとんどが私の気付かないところで既に起こってしまっていることだ。

気付かないうちに良い影響をあたえるということは、その逆もありえるのではないか。

つまり、もし自分と植物の関係が悪ければ、他者への影響も悪いものになる可能性は想像に難くない。

このことは呪術医らによる「ボマンヤ」の解説と合致する。

 

だからこそ、良い師匠から伝統に則った導きを受けることなくディエタを行うことは大変に危険であると私は考える。ディエタをやることは自分の問題に留まらず、自分の意識できないところで確実に他者に影響を与えるから。その影響を常に愛に基づいて発揮するためのガイドラインが伝統であり、師匠からの指導だからである。強い植物を体に住まわせるなら、なおさら強い規範に基いて修行し自らを祓い清める必要があるだろう。

 

私は元来「スピリチュアル」なことに微塵も関心を持たない性格であったが、しかし現在は上記のようなことを書いている状況にある。食事も変わった、生活も変わった、心も変わった・・・こういった変化は、本人が望む望まないに関係なく、ただ、起こる。

アヤワスカ・ヒーリングやディエタ修行を検討している人は、変化が起こった場合のことについて、予め考えておいて損はないだろう。つまり、自分の周りの環境、社会、人々は、変化を受容できるか? 

そして自分自身、変化と戦い受容する覚悟はあるか?ということである。それが一見すると「悪化」としか思えない変化であったとしても。

 

 


最後に:外国人がアマゾンのシャーマニズムを習うということ


こうやって体験記を書いてしまうと、ペルーに渡ってシピボ族のシャーマニズムを体験することが簡単で当たり前のように見えてくるが、事はそう単純ではない。

シャーマニズムはあくまで異国の文化であり、特別な縁のはからい無くしてその本来の姿を垣間見ることはできない。確かに西洋人の運営するアヤワスカヒーリングセンターが乱立している状況はあるが、そういった場では(かつて私自身がイキトスで経験したように)呪術医との距離が遠く儀式以外でほとんど接触できず、西洋的なスピリチュアリズムをベースに据えたスタイルが体に合わないなど、シピボ族のシャーマニズムそのものを学びたいと願う者にとっては難しい状況に置かれることもあるかと思う。

 

特に日本人の場合、予め期間を調整し、限られた休日をかき集め、予定調和な治療を受けることが渡航決断の大前提になることと思うが、そのためには現地治療チームとの密な連携が必要である。そういった連携は、Native Soonさんのように予め現地にいて呪術医を探してくれ連絡をとりもってくれる人達に頼ることなくしてはあり得ないのではないだろうか。

 

私のケースは非常に予定調和で全てがお膳立てされたかのような状態であったが、それはNative Soonさんに加え、アメリカ人を養父として育ったシピボ族青年、マルコス(http://nativesoon.com/blog/1898/)の存在があってこそのことだった。

彼は原住民としての生まれを持ちながら、英語が堪能であり、インターネットも使えば会社も起こす、飛行機で欧州にも行く、そんな「現代」青年でもある。シピボ語しか話せなかった祖母オリビアの通訳として10代のころから活動していた彼の言葉を聞いていると、まるでオリビア本人がそこに居るかのように感じることも頻繁にある。祖母の意思を継ぎ、シピボ族の本当の伝統的シャーマニズムを正しく継承していきたいという強い思いで、老呪術医たちと「現代人」たちを繋ぐ役割を自ら買って出ている。

 

遠い森のなかの存在である本物のシャーマニズムには、そうやすやすとアクセスできるものではないし、興味本位でアクセスすべきものですらないと感じる。しかし、Native Soonさんやマルコスのような「架け橋」になってくれる人々の存在によって、我々は幸運にも本物に限りなく近い実践を垣間見る機会を与えられている。彼らのような存在があってこそ、決して辿りつけない本当のNativeの世界に、少しずつでも近づいていける。

 

シャーマニズムの実践は、生と死の問題を直接突き付けられるため、非常に苦しい。しかしそういった苦難を厭わず切実に問題の最終決着を求める人に対しては、いつでも狭き門が開かれていることを私は切に望む。

そういった活動の一助になればと願い、このレポートを書かせていただいた次第である。